一日は長し、一生は短し

2022.04.15

会社の履歴書⑫最終回

私が豊丸産業に入社したのは、1985年10月1日でした。

その日のことは何も覚えていませんが(笑)、当時の愛車BMW320に乗って出社しました。

もちろんお古ですが、逆スラントノーズの角ばったやつで、アンサーのマフラーを装着していたので結構音がうるさかったです。

毎日そんな車で出社するバカ息子を見て、多分、多くの先輩社員が、生意気な奴だ!と心の中で思っていたはずです。

実はそうなんです。当時はかなり生意気な奴だったと思います(汗)。

最初の配属は名古屋営業所でしたが、営業活動するにも愛車で出向きましたから、きっとお客様からも生意気な奴だと思われていたことでしょう。(本当に失礼いたしました!)

あれから、もう37年弱ですか・・・。 少しは謙虚になったように思いますが、時が経つのは早いですね。

さて、会社の履歴書は今回が最後となります。

2010年頃から、外部有識者にも参加いただいて、企画のプレゼン大会を定期的に開催しました。

その中で、賛否両論の下、企画が承認されたのが、「CR江頭2:50」です。

当時の江頭さんは、最も嫌いな芸能人に毎年ランクインしていましたから、反対意見が出るのはやむを得なかったと思います。

しかし、企画提案者の熱い思いに加え、外部有識者の「いかにも豊丸らしい」というへんちくりんな評価(笑)、そして他社がやらないことをやりたがる多くの社員の声で、見事開発がGOとなりました。

そして皆さんご存知の通り、2011年3月11日に襲った東日本大震災直後の、現地までトラックを自ら運転して入るという、江頭さんの体を張った支援活動が好感を呼び、彼に対する評価が逆転しました。

その結果、同年6月の「CR江頭2:50」の販売に勢いがついたことは言うまでもありません。(エガちゃん、ありがとう!)

その後、同じ2011年にアタックラウンドシステム(今ではすっかりV確と言われてしまうようになりました)を搭載した「CRウィッチブレイド」を、翌年にはST上乗せ機能を搭載した「CRヘルシング」を発売しました。

この頃は、大人気だった初代GARO(サンセイR&D様)を超えようと、新しい遊技システムの考案に躍起になっていたように思います。

さて、この先を書くと長くなりそうなので、今回はここまでとし、「会社の履歴書シリーズ」は後1回、おまけとして後日書きたいと思います。
引き続き宜しくお願い致します。

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