一日は長し、一生は短し

2008.09.16

敬老の日

 僕の祖父母は、自分が物心ついた時には既に鬼籍に入っていたので、敬老の日に何かをしてあげることはできなかった。赤ん坊の頃、一生懸命面倒見てくれたそうなので、墓参りぐらいはきちんとしてあげないといけないと反省だ。

 僕の子供達が通っていた幼稚園では、園児が自分の祖父母の絵を描いて、それを敬老の日に手元に届くよう手配してくれた。僕が幼稚園の頃、そういうことがあったのかどうか記憶にないが、今はどこの幼稚園でも同じようなことをしているのだろうな。

 それはそれで大変いいことだと思うが、「敬老の日」が定められた目的から考えると、ちょっと違うようにも感じる。国民の祝日に関する法律よると、「多年に渡り社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ということだ。

 それに従って考えると、自分の祖父母に対してだけではなく、もっと広い意味で高齢者を敬う気持ちを持つことが大切だということになる。自分たちが日頃、高齢者を敬い優しく接しているか、「敬老の日」を機会に反省し、進んで実行する日としていいかもしれない。

 我々の業界でも、各店で「敬老の日」にちなんでいろいろサービスを実施していると思うが、現行法上できることに限界があるのが少々残念である。この祝日の本来の目的である「高齢者を敬う」という気持ちを呼び起こす為にも、「敬老の日」に限って特別なサービスを認めてくれればと思う。

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