考えるということ
最近、目が悪くなったせいか(僕は遠視と言っているが、周囲は老眼と言う)、読書をしていると文字を追うのに精一杯で、読みながら理解し考えるということが減ったように感じる。
会社にいる時は、一日のうちどれぐらいパソコンに向かっているのだろう。社内メールに目を通したり、インターネットで業界関連の情報を探したり、なんだかんだで2~3時間接しているように思う。
好きなサイトはお気に入りに登録しているが、定期的に目を通すサイトにニューズウィーク日本版がある。世界の動向を探りながら、パチンコ産業を考える・・・という大それたものではなく、自分の知識の拡充や本業以外の問題について考えてみる、そんな感覚で楽しんでいる。そのニューズウィークにこんな記事があった。
「iPadであなたはもっと馬鹿になる」というタイトルで、「(前文省略)かつてコンピュータは、時間を節約するためのツールとされていたが、現実は正反対で、インターネットのせいで、私たちは何もしないまま時間を浪費している。(中文省略)私たちがしていないことは?それは考えるということ。情報を処理はしているが考えてはいない。(後文省略)」
上記の記事を読んでいて、社内で終日パソコンに向かっている社員の顔が思わず頭の中を過ぎったが(笑)、同時にこうしてブログ書いている自分の日頃の仕事を振り返ってみると、思わず額から汗がこぼれた。